CORBOオフィシャルショップです、コルボ[CORBO]では、
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About

このコンセプト文章は当時30歳の私がまだ商品も何もない、
ポツンと机だけの事務所で書いたものです。
下手で荒削りでハラハラしますが、
この文を読み返すたびに空気ごと初心にかえることができます。





CORBO.(CORVO)とはカラスの意。

多くの生き物が人間の発展という名のもとに
繰り広げられる破壊により行き場を無くしたり、
絶滅の道をたどる中、カラスという鳥は
自然の大きな輪からはみ出ることなく、柔軟な知恵で
強靭な自然のペースを貫いているように私には見えるのです。

大半の方はあまり良いイメージを持たれていないようですがそれはきっと自然のペースから
はみでてしまった者の後ろめたさからくるものではないかと思います。

実際、スペインやシチリアの、ある地方ではこの鳥はかしこい良い鳥とされ、
この鳥のいる街は栄えているとさえ言われるそうです。
畑にこの鳥の名をつけワインにもこの名を冠してさえいます。
きっとその地方の人たちは調和のとれた共存の輪の中にいるのでしょう。

CORBO.はイタリアまたはヨーロッパのような、ゆっくりとした時間の中で職人やそのまわりの
人々と共に共鳴しあい、楽しくストレートな物創りを目指しています。

そして鞄を使われる方にも創り手の心をゆっくりと感じていただければと願っています。
日本の大きな潮流の中で、このペースを創り上げるのはなかなか困難も多いのですが、
どんな状況でも自分達のペースを崩さないCORBO.達の名を冠しBird’s eye viewの様に広い視野を持ち、
柔軟な知恵と物創りでまずは私のまわりの人達から、一歩づつ地に足をしっかりとつけてゆく中で理解していただければと思っています。

1998.11月.1st.collectionにてdebut.

CORBO.designer S.Furuse





激動の年2011年の8月に『Capo,inc.』は10周年、
12月には『CORBO.works&shop』が5周年を迎える事が出来ました。
たくさんの皆様に支えられ、ここまで歩いてこれました。心から深く深く感謝してやみません。

交通の不便な立地にも関わらず 『CORBO.works&shop』へお越しいただける多くの皆様と直接お話が出来た事は
私たちのもの作りに心地よい刺激と大きな影響を与えていただき、肥沃な土の様な財産となって積み重なっています。
楽しい時間を本当にありがとうございます。

2011年は大震災でさまざまな事が心に強く深く刻まれました。
忘れられない年です。

それでも、私達の価値観は変わりません。
畑を耕す様に、木を育てる様にやって行く事が大事なんだと、やはり思います。
これしか出来ないのだし、これが好きなのですから。今まで通り、前に前に一歩づつ一歩づつ大切に歩きつづけます。

必ず誰かのためになってくれると信じて、自分達の仕事を明るく元気に楽しみながら、真っ直ぐにやっていれば大丈夫。

これから出逢う世界中のたくさんの人達が幸福に暮らせます様に。
そしてなによりも今は、東日本大震災・原発事故で被災されたすべての方々が一日も早く穏やかな生活を取り戻せますように。

今年の記念日も静かにみなさんへ捧げます。

祝Capo,inc.10周年! 祝CORBO.works&shop5周年!
CORBO. Designer SatoruFuruse 古瀬 聡
2011年8月某日 鴉庵にて。





古瀬 聡(フルセ サトル)
Satoru Furuse

平成元年に御茶ノ水美術専門学校を卒業後、企業で工業デザインや企画に携わる。
その後、老舗鞄問屋にての鞄のデザインを手掛け、皮革製品や職人の奥深さに感銘を受ける。
1993年日本脱出、約2年間をカナダ横断、アメリカ縦断、イタリアを中心にヨーロッパ放浪の旅に費やす。
1995年帰国後は皮革製品メーカー数社でデザイン・設計の経験を積む。
1998年11月『 CORBO.』 を旗揚げ。
2001年8月 『 Capo.inc』(有)カーポを建ち上げ、2006年12月22日に直営店『 CORBO.works&shop』をOPEN

2008年5月のBlogより抜粋

五月だからこの話

名前を考えていました。

これから情熱のすべてを傾けていくと
決心した事を見失わない為に、
これから出会う人達によく見える様に
高く掲げる旗印は何がいいのか。

確かなイメージがあるのに言葉にするとまわりにあった淡い光が消え落ちて
意味が明確になりすぎて、息苦しくなった。

考えるのをやめてしまおうか・・。

当時はかなりトンガっていたから、
気が付けばまわりに誰もいなくなってしまっていることがよくあった
(実際はいなくなった様な気がしていたというほうが正しい)

「もうダメだ・・」となると
いつも足が自然と向く小さなイタリア料理の店。
カウンターに座りビールとワインに酔い
ボソボソと愚痴をマスターや婦人に聞いてもらう。
何を話してもただ聞いてくれる。
ニィッと口の端で三日月の様に笑いながら、ただ聞いてくれたのでした。

そのうち隣の席で飲みはじめ、店を閉めてただ一緒に飲んでくれるのでした。
・・ありがたかったなぁ。

イタリアを旅していた頃に安いという理由でよく飲んでいた
緑地にカラスのマークのCORVOというシチリアのワイン。
(3000リラ250円ぐらいだったか)

ワインブームの入口だったせいか
緑のラベルをたまたまその店で見つけた。
懐かしい味でした。・・これだな・・。

美味しくないけど・・うまいなぁ・・これだ。

鳥肌が立ちました。

マスターは数年前に亡くなってしまったけれど、
店は青年二人に引き継がれてみんなを喜ばせた。
2007年の年末にささやかな忘年会に招待していただき
久しぶりにその店に顔をだすと
「いらっしゃると聞いていたからCORVOを発注しておいたんですよ」
なんて嬉しい事を言う。

マスターの穀雨の中の葬式で号泣してから、
どうも涙腺がゆるくなったようで、
ワインが一本あく頃、話していたら突然泣けちまってまいった。
俺の中の根本にある「店という場所」の価値感はこういうところにあって、

旗印とスローガンもそのあたりに突き刺さって

今でも風に吹かれているのだ。

2008年7月のBlogより抜粋

『SIAMO NATI LIBERI』

CORBO.のロゴの下にある短いイタリア語の一文、

『SIAMO NATI LIBERI』

読み方は「シアーモ ナティ リィベリ」
「私(俺)達は自由に生きるために生まれてきた。」
「俺(私)達は自由に生きる」

こんな意味等々を込めた明瞭で深く、明確になりすぎない。
イメージ通り鈍く光るこの一文。

イタリアのペルージャという小さな街で暮らしていた友達と
彼女のイタリア人のパートナーが
日本から送ったレポート用紙4~5枚にもなってしまった
CORBOに込めた意味をこの一文に凝縮してくれたのでした。

スローガンになる一文が見つかるまでは
何度も何度もFAXや国際電話でのやりとりがつづいたにも関わらず
全く迷惑そうにせず、逆に楽しんでくれている様子だったのが、
ふとすると建ち上げの不安や孤独感に苛まれそうになる気持ちを
どれほど救ってくれた事か。

これだというこの短い文ができた日

「頑張って!絶対いつか二人に俺の鞄をプレゼントしに行くからな」
と電話口で約束し深夜に一人胸に誓ったのをおぼえています。
・・・数年後俺たちは独立し、
もう少しで2人との約束が叶いそうだった矢先、
彼は若くしてこの世を去り、友人はパートナーを失いました。
俺は約束を果たす事が出来ないままです。

一度も会うことのなかった友人。
訃報の後たった一度、夢の中で彼の姿を見た気がします。
オリーブの丘にたちこめる霧の中へ
彼はこちらに背を向けたまま歩いて行き、
やがて鉛筆画の様になって霧の中に消えて行きました。

何かしなくてはと気持ちだけが焦り、力は全然足りませんでした。
その時出来たのは鞄を造る事だけで。
nebbia(霧)と言う革に出合いnebbia(霧)という鞄を作った、
ただそれだけだったのです。

創造的コミュニティの創造

創造的な人、作る事が大好きな人が柔軟に手を繋ぎ合って
新しいモノゴトを創り出す。
小さい村のようなコミュニティの創造を目指しています。
大切なコトが見えている独立した個性と培った技術が
『尊敬』や『信頼』だけで柔軟に手を繋ぎ合う。

たまには喧嘩したっていいんです。
小さくても強いコミュニティを築けば、
文化や産業は理不尽に振り回されず、
脈々とやっていけます。
楽しい未来を描く想像力とその糧となる広い視野を持つコトは、
次の世代への責任と繋がっています。
大切なのは今を大切に愉しむコト。目の前の人を思いやるコト。

私たちはこれからも、
遊びを忘れず楽しみながら真っ直ぐに物創りをつづけて行きます。
こんな素敵な仕事が僕たちの日本から無くなるなんて、とても考えられない。

鳥達の様に視野を広くして世界を眺めています。
今、日本が世界が、混沌の中にあると僕たちは思いません。

まだ出逢っていない、
世界中の人達の笑顔との出逢いを楽しみにして
一歩一歩大切に、畑を耕す様に、
木を育てる様に
これからもゆっくりとしっかりと歩いて行きます。




2008年11月展CORBO.10周年によせて『famiglia.』コンセプト文より

La mia grande famiglia. 私の偉大な家族

ある日はっと気がついてしまった。

これはまったく『家族』だなと。
一緒にやって来た仲間も職人さん達も受け入れてくれる人達も
助けてくれる人達もライバル達もお店の人達も。
同志とも友達とも違う感じがして、
どう感謝と愛情を表現 したらよいのかを考えていた朝
明治神宮を背にして青山方面の上空高くを
悠々と流れる雲を眺めながら 前日の深酒を反省している時、
はっと気がついてしまった。
これはまったく「家族」だなぁとわかってしまった。

今まで、
ひとつの事をこれだけ永くつづけられた事が一度もない……。
バスにゆられながら、偉大な家族だと思った。




2008年10月20日Blogより抜粋

Famiglia (ファミーリャ)

また今回も、無休で泊まり込みなんていう事になってしまった。
事務所の床にデッドストックの生地に包まって眠るのももう馴れた。
千駄ヶ谷の朝焼けを見たのはもう何度目だろうか?

まだ終わった訳ではないけれど、
この朝焼けの静けさと、この充実感と、コーヒーのうまさは俺一人のもの。
もっと早くやろうと毎回毎回誓うのにこうなる。

しかし結局、最後の最後まで考え尽くさないと
何か手を抜いてしまった様な気がしてしまうのだ。
とにかく誰かの喜ぶ顔が見たい、
誰かの役に立ちたい、自分は何者かを知りたい。
寝不足はそんな事までも考えさせる。

今回の展示会のテーマは『家族』
CORBO.が産まれて10年。淡々と過ごそうと決めた。
静かに淡々と血の繋がりのない僕の家族に感謝しようと決めた。
“amici” La mia grande Famiglia,




・Leather皮革 ・Textile 織物 ・Metal parts 金具


GRAIN という言葉は
CORBO.が探求する素材感を
とてもよく表しています。

【 GRAIN 】グレイン
(Grain穀物・木目/fine grain・きめ細かな/in grain・生まれつきの
/Full grain/Malt grain・・Straight grain )

穀物はもちろん、木目(年輪)、肌理、皮革に関しては銀面を表す事もあります。
肥沃な土地・豊穣・幸福感を感じさせるこの言葉は
CORBO.のモノゴト創りに通じます。

CORBO.では日本・ヨーロッパを中心に、
世界中の共鳴する素材達と真っ直ぐに向き合います。
皮革はすべて生き物達からの贈り物だからです。
そして素材には必ずそれぞれの背景があるからです。

ひとつひとつすべて違っていて当たり前なモノを、
様々な職人さん(プロフェッショナル)のフィルターを通る事で、
また新しい命が吹き込まれCORBO.の仲間として生まれて来てくれます。
凄い、つくづく感動します。

本当に素敵な仕事です。

CORBO.では10年継続を目指した材料選びと素材創りを心がけています。




ファイングレインのコンセプト文より抜粋

【 f(in)e GRAIN 】

樹齢100年や1000年の樹木は、
想像を遥かにこえる状況を乗り越えて今に至っている。
という当たり前のコトに気づき、
しみじみと感心してしまう。

何かの本で、世界中の250年以上つづく老舗の内、
6割が日本の企業だという話を読んだ。

感嘆と同時に、この2つのコト(イメージ)が違和感無く、
すーっと重なった。

昔は良かったなんて言ってる様ではこうはいかない。
今をしっかりとやる(生きる)事しか、
年輪を造る方法は無いという事だ。

木材も皮革も木目(肌理)の細かい良質なものは、
厳しくてもじっくり生きてきた証拠。

自然が創り出したものには共通した深みがあり、
時間と日々が刻み込んだ雰囲気というのがある。

刻み込まれた日々はさらに日々を重ね、
本質を少しづつさらけだしてくる。

その本質には、還って行く場所を知っている者の
ゆとりのせいか、まわりを包み込む包容力があります。

人が知恵と工夫で創り出した物にもまた
別の敬意を表すべき機能があります。

CORBO.S,Furuse